人妖弾幕幻夜
 東方永夜抄 ~ Imperishable Night.


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夏の終わり。それは蝉の鳴き声が鈴虫の鳴き音に変ろうとしていた頃の話。
ここ幻想郷の暑さも夜になるとすっかり退き、人間にとっても妖怪にとっても快適な季節
だった。

いつも通り平和だった。
少なくとも、人間達にはそう見えていたのだ。




          東方永夜抄 ~ Imperishable Night.
                   -1- ここは、幻想郷の境に存在する古めかしい屋敷。その歴史を感じさせる佇まいは、如何な る者の来訪をも拒んでいる様だった。この家には何故か人間界の道具と思われるものが幾 つか在る。用途のわからない機械、書いてある事がまるで理解できない本、雑誌。 外の世界では映像受信機だったと思われる鉄の箱も、只の霊気入れになっていた。人の形 が映っていた物には霊も宿りやすいのよと、彼女は自分の式神に教える。 境界の妖怪『八雲 紫(やくも ゆかり)』はここに居た。 彼女は、幻想郷の僅かな異変に気付き、昼も寝れない毎日を過ごしていた。 敵の姿は確認取れなかったが、『こんな』事が出来ると言う事はかなりの強力な者である と想像できた。しかし、普段余り出歩かない彼女にとって自分から動く事は、凄く面倒な 事だったのだ。  「そうだ、『あいつ』を唆して『あいつ』にやらせれば良いわ」 こうして紫は、同じく幻想郷の境に存在する神社を目指して出かけた。そこに一人の知り 合いの人間がいる。 その人間は、いつでも呑気で退屈しているはずである。 どんな仕事でも必ず引き受けるに違いない。                    -2- 不吉な臭いがする。この森は人を喰うといわれる。人間は余り寄り付かない場所である。 常に禍々しい妖気で溢れていた。 魔法の森、幻想郷の魔が自ずと集まった森。 その森に、小さな人の形を集めた小さな建物がある。 人間より一回りも小さい人の形。 七色の人形遣い『アリス・マーガトロイド』は、人形の山の中で読書をしていた。  「何であいつら人間達はこの大異変に気がつかないのかしら」  「ねぇ?」 このままではいつものアレが楽しめないじゃない。普段は余り出歩くことの無い彼女だっ たがみんな異変に無関心だった為、調査に乗り出てみる事にした。 いや、しようかと思った。  「面倒だなぁ、こういうのに慣れている『あいつら』がやればいいのに」  「ほんとほんと」 敵の見当もつかないし、どうすればよいのかわからない。思いあぐねて、同じくこの森に 住む人間の処へ向う事にした。 手には数冊の本……。 人間が滅多に手にする事が無い本。グリモワールである。 これでその人間が動かない道理は無い。                    -3-  「咲夜~、どこに居るの~?」 ここは湖のほとりにある洋館、紅い建物。今日もけたたましい声が響く。湖の白と森の緑、 そこに建つ紅い洋館。どぎつい取り合わせのはずなのに不思議と落ち着いていた。 この館、紅魔館は時が止まると言う。比喩ではない。 吸血鬼『レミリア・スカーレット』は、自分のお抱えのメイドを探していた。  「頼んでいたアレはやっておいた?」  「と言われましても、申し訳ないのですが私には良く判らないもので……」 どうにも、目の前の人間には言葉が通じない。  「もういいわ!私が行くから咲夜は家の事を…   まぁ、好きな様にやって」 留守番を命じていない事は明白だった。結局メイドはお守り役として付いて行かざるを得 ない。日が昇ったら一人じゃ自由が効かない癖に、と思いつつ…… こんなに平和だし何か起きている様にも見えないし、ちょっと動いたら疲れて戻ってくる でしょう、とメイドは軽く思っていた。もちろん口には出せない。                    -4- 幻想郷でもここ程静かな場所も無いだろう。ただ、荒涼としているわけではない。何か魂 が休まるような静かさなのだ。荒ぶる者の声も聞こえない、豊かな自然に爽やかな風の音 だけが聞こえる。 冥府。死者の住まう処。 ここには生気のある人間は居ない。だが、亡霊達は亡霊のくせに生き生きと暮らしていた。  「幽々子様は気が付いていないのかしら?」 静かな場所の中で一番華やかで広い所。白玉楼。 庭師『魂魄 妖夢(こんぱく ようむ)』はお嬢様に異変を伝えようか迷っていた。 その時、お嬢様がこっちに向ってきた。丁度いい。  「あ、幽々子様……。」  「妖夢。アレはまだそのままかしら?」  「え?……アレ、とは何でしょう?」  「あら、気が付いていないの?   これだから庭師は鈍感だって、ぼろくそに言われるのよ」 ぼろくそに言われた記憶は無いが、どうやらお嬢様も異変に気が付いていたらしい。  「もしかして『月』の事ですか? 気が付いてますってば~。   突然、アレって言われましても……」  「誰も動かないみたいだし、妖夢、行ってみない?」  「えー?何でですか」  「嘘よ。妖夢じゃ頼りないしね。   何時ぞやの人間の方がまだマシだし……、私が行くわ」  「そんな~、意地悪な事言わないで下さいよ~。私が行きますから~」  「頼りないと言ったのは本当よ」 西行寺家の亡霊少女『西行寺 幽々子(さいぎょうじ ゆゆこ)』は、妖夢の事をぼろくそ に言った。  「って、お嬢様は目的地の当てがあるのですか?」  「勿論沢山あるわ。まぁそんなのその辺飛んでいるの落とせばいつか当たるものよ。」  「そんなだから駄目なのです。   幽々子様はいつだって、力に任せて狙いを定めないから時間が掛かるのです。   もっと、的を絞って攻撃するのですよ。こう……」  「妖夢、後ろががら空きよ。」 幽々子は、本当に妖夢だけでは不安を感じていた。だから、自ら動く事にしたのだ。 この異変を起こせるだけの者相手なら、二人でも良いだろう。                    -5- 平和だった。 平和そうに見えた。 だが、妖怪達は困っていたのだ。 そう異変とは、誰も気が付かない内にひっそりと、何時の間にか……、 幻想郷の夜から満月が無くなっていたのだった。 本来、満月になるはずの夜もほんの少しだけ月が欠けていて、完全な満月にならなかった のである。普通の人間が気がつかないのは無理も無い、月はほんのちょっとだけ欠けてい たに過ぎなかったのだ。 それでも妖の者にとって、満月の無い月はまるで月の機能を果たして居なかったのである。 特に日の光が苦手な者にとっては死活問題であった。 人間と妖怪の二人は夜の幻想郷を翔け出した 勿論、月の欠片を探し出し、幻想郷の満月を取り返す為である。              見つけるまで夜を止めてでも               永遠の夜になったとしても ――夏の終わり、中秋の名月まであまり時間も無い頃。   人間と妖怪の二人は、夜を止める。                    -E-                光に輝く太古の棒状の物。               目の前に見える大量の丸い物。        小さな玉。光り輝く珠。消え入りそうな魂。そして最も大きな球。          彼女は今頃どうしているだろうか、丸い物を見て思う。           ここは、時間の止まった場所。そして繰り返す歴史。                彼女もまた、幻想郷にいた。

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